2009年9月17日木曜日

議会基本条例調査特別委員会

 14日の本会議において設置が決まった、議会基本条例特別委員会が今日開かれた。
 今日の委員会は、正副委員長の互選と、今後の調査日程を審議することが目的で開催された。

 結果、私が委員長に互選された。これは、これまでこの条例案の作成にはじめから携わってきたからだろうと思う。

 さて、今後だが、12月議会への条例案の上程に向け、知見の活用、パブリックコメントなど、陸前高田市議会では初めての試みを行うこととなった。

 議会の有り方を示す大切な条例である。議会の独りよがりにならないものにすべく、議員全員で努力しなければと思う。

 議会基本条例の制定過程は、今後も報告します。

大人のルール

 20年度決算を実質的に審議してきた、決算等特別委員会の審議が今日で終わった。
 審議の過程で、議会は大人の世界であることを改めて認識した。そこに集うもの全てが、ルールを知っていることが前提にたっており、誰も教えてくれないということである。
本当の仲間であれば、キチンと指摘してくれる。それが、質すほうであり、答えるほうであっても、立場の違いを超えて教えてくれる。

 みんな、齢を積み重ね、それなりに経験も持ち、識見豊かな方々である。今更聞けないのかもしれない。でも、キチンと基本を知っているほうが絶対に損得から言えば得なのである。
 ただし、歯軋りや失望感も有るとは思うが。

 同じルールの下でなければ、ゲームもつまらないし、せっかくの時間と経費をかけている議論も成果をあげることが望めない。

 同じ、テーブルに着くには、やはり同じしきたりやマナーを知っていることが条件となると思う。様々な場所、色々な機会で同じような大人のルールの大切さが必要な時と場合がやってくる。

是非、恥ずかしさを乗り越えて、人に教えを請う事。勉強することを忘れてはならないと感じたこの数日である。

2009年9月14日月曜日

議論の主体は

今日から決算審査の実質的な質疑が始まった。
私は、地方交付税、監査の在り方等について当局と質疑を通し、議論を行った。
質疑を通して感じたことがある。
誰のために、何のために議論をしているんだろう。
当局も、我々議員も。

当局は、自分が行ってきたことの正当性を主張し、我々議員は自分の考えを中心に議論を組み立てていく。

そこには、「市民に代わって。市民のために」という議論の主体となるべきものが存在すべきであり、行政も議会もそのために在るはずである。

しかし、お互いにその「主役」を忘れ、自らが主役になってしまっている。そんな自分が居たように感じる。

明日の審議からは、議論の主体を強く意識しながら質疑・議論を行うことにしようと、改めて感じている。

2009年9月9日水曜日

価値観の共有の難しさ

 昨日、今日と9月定例会の一般質問が行われた。本市議会の一般質問は、変則一問一答方式をとっている。最初に、質問を全て行い、当局から質問項目全てに回答を受ける。いわゆる一括質問一括答弁である。
 次に再質問である。ここから、一問一答に移る。一括質問を合わせ、質問者の持ち時間性を採用している。時間は25分だ。
 25分の考え方は、これまでの一括質問一括答弁を行っていたときに、質問時間は答弁を含めおおよそ50分だったので、単純に質問時間を25分としたのである。
 議会運営委員会で検討し、全員協議会で了承を頂き、6月定例会から行っている。再質問からの一問一答は、できるだけ市長の考え方や方向性を問う質問にしよう。当局も困るので、委員会のような一問一答・・・・例えば、数字を聞くとか、具体的事業箇所について・・・・・は行わないようにしようと申し合わせた。
 しかし、今期定例会をみると、申し合わせとは少し異なっているように感じる。
 最初の質問の組み立て方かえる必要があると考える人間と、これまでと変わらないんだと考える人間と別れたように感じている。当局からも、委員会質問じゃないよと、数人からは指摘を受けている。
 言葉の捉え方、それぞれの価値観の違いだと思うけど、価値観を共有して、同じルールにすることの難しさを感じる2日間であった。

 どうしたら、うまくいくのか、今後の検討と共有が必要であると考える、過渡期だからこそ、みんなで考え、同じ価値観を持てるようにしたい。

2009年9月5日土曜日

観点

物事を見る。そして考えるには、人によって、立場によって観点が異なってくる。
その観点の違いが、同じ事象を捉えるにしても結果が異なってくる。

先日、道路行政で行政側と私とで考え方に大きく違った結論が出た。
道路の新設工事をしていて、一部供用を開始している部分に隣接する区間の供用についてあである。
前もって、この区間も全線に渡って工事が完了する前に、部分開通、いわゆる一部供用を行うといっていた区間である。
舗装工事も、周辺環境も完成し、センターラインも敷かれ、一月がたった。
一部供用できる状態である。
なかなか、供用が開始されない。
地域住民からすると、せっかく出来てるのに、バリケードで止めてある。生活面からしても、利便性からしても通行させて欲しいところだ。
行政の担当からすると、その先の区間の工事業者が決まっていないので、今あるバリケード等は現在の業者から借りているので、その先の業者が新たにつけていただけなければ、供用開始できない。というのである。
理由はそのようであるが、本当の理由は、もし事故が起きたら管理者として責任を取らなければならないからのようである。

行政としては、管理責任を問われるようなことは極力避けたい。
利用者としては、何故、使用できる状況なのに使用できないのかという。

結論は。立場の違い、ものを見る観点の違いがこういうことになるのだろう。

政権が変わる。
民主も、自民も、都会も地方も、その立場によって観点が異なる。
観点は異なっても、何のために、住民の福祉向上、利便性向上という基本を忘れなければ、おのずと答えは同じになるのではないかと考える。
違いは、手法なのである。

2009年8月31日月曜日

総選挙が終わった

民主党の歴史的大勝利、そして、自民・公明の歴史的敗北という結果で、総選挙が終わった。

まだ、出来てもいない民主党政権にあれこれ言うつもりは無い。

さっきの、NHKの特番で司会者が、4年間選挙はしないといってますが、鳩山内閣の支持率が下がった場合はどうするのですか?との質問に、岡田幹事長は出来てもいないときに失礼ですねといった言葉は、共感するところが大きい。

マスコミ各社は、新与党のマニフェストをあげつらうような番組が多いように感じた一日であったが、国民がリスクを感じてまで選択したものに対し、もう少し様子を見てから様々なことを検証してもいいのではと思う。

もうひとつ、民主党にお願いをしたいのは、ポピュリズムに陥らずにしっかり見て欲しいと感じている。

特に、地方のことにもキチンと目を向けて欲しいと思っている。

公務員についても、中央官庁だけを見るのではなく、行革の名の下、市町村の職員は仕事は増える。人は大幅に減る。市民サービスは拡大する。制度は猫の目のように変わるそんな中で仕事をしている。是非、これは地方の一つの現象に過ぎないが、目をむけてほしい。

公共事業もしかりである。地域医療も然りである。
民間企業が採算性が取れるのは、マーケットが大きい都会だけなのである。

地方の人間もまた、生活をしなければならないし、国土の保全や、人が住むことによって他国からの不法侵入にも気がつくのである。地方の役割を、もう一度みなをして欲しい。それが、今回小選挙区から選出された議員の役割のひとつでも有ると考える。

都市のだけが日本の国ではない、地方にも生活をしている人が有り、地方も含めて日本国であることをしっかりと見据えた政治をして欲しいと思う。

2009年8月30日日曜日

前例主義

お役所の専売特許のようになっている「前例主義」だが、あちこちに溢れている。
これは、日本の社会に、風土が生んだものなのかもしれない。
一般社会においても、前回はこうだったから、このようにしていいんだとか。前と同じだから間違って無いんだとか。よく聴かれる言葉であり、見かける光景である。

でも、色々な角度や観点から見て本当にその先例でいいのだろうかと疑問を持つことが大切では無いだろうか。それが、改革につながるのではないだろうか。

今日は、衆議院議員総選挙の投票日である。政権選択とか、政権交代、将来への責任など様々な言葉が飛び交っている。この人たちは、今後の日本の将来を、そして子供たちの未来を背負う人たちである。

私は、今日、国民によって選ばれ国政の大変重要な仕事をする皆さんに、前例主義を捨て、基本は何か、原理原則は何か、そして今時代が求めているものは何かをキチンと把握し、判断して国政の運営に当たって欲しいと切に願う日としたい。

基本がわかっていなければ、そこからの発展は無い。
モノマネから始まるといっても、そこには、単なるモノマネでは発展は無い。
研究し、基本を学び、さらに改良を加えることによって新しい製品や、技術が生まれるのである。

この言葉を、自戒として前に進みたい。