2009年9月27日日曜日

どうしたら


どうしたら、まちは活性化するか?

そのためのノウハウを教えられてきた。

教えてくれたのは、大船渡市の碁石海岸で東京から移り住み喫茶店「h.イマジン」を経営している富山さんである。

いいアイデアでも、具体的な提案書を書かないとだめだよ。

提案書のどこがだめで、どこが出来ないのか、その理由を文書で書いてもらう。

その出来ない理由をどうしたら克服できるかを、だんだんブレイクダウンして実行できる糸口を見つけることだと。


また、提案書のアイディアの全体を見て、出来ないと言う発想ではなく、どこからなら出来るか。どこが利用できるかに視線を当てられるかも、実現に向けた心構えではないかと感じた。


役所は、積み上げて計画を作成する。でも、大きな計画図であり構想である。計画に盛り込んだことを実行すれば行き着くと考えているが、結果として中途半端に終わっているのが現実である。

逆に、これを実現するにはどういう方法があるか。そのための障害は何か、その障害を取り除くにはどうしたらいいか。別なルートはないか。

と、今までの発送と逆を行くことができないかと感じている。実をいうと民間企業ではとっくに行われている発想であるが、お役所には無かった考え方みたいである。


コンテは冨山さんが、今回考えてくれた「高田松原活用法」の一部である。


様々な人が、色々なアイディアを持っている。それを、検討し実現へ向ける努力こそが活性化につながるのではないかと感じている。


冨山さんのブログである。



2009年9月24日木曜日

仕事に忠実?

今日、非常に腹がたったことがあった。

今日は、職員が本当に自分の職務に忠実であることへの腹立ちである。



ある課に、市民の勉強会をしたいのでとの話をしにいった。担当課であり、担当の係りにである。内容を話したら、それは市の施策で行っている「出前講座」のメニューにあるので、出前講座の窓口課へ行ってくれとのことだった。



その窓口の課は、一度庁舎を外に出て、道路を渡った別の建物にある。市役所はLANで結ばれており、出前講座の申込書も、その業務の担当課でもプリントアウトできるし、市のホームページでも出来るようである。・・・・後で知ったが。

窓口の課で申込みをしても、担当課と日程の調整等をして、再度連絡をもらうらしい。であれば、なぜ担当課において、日程等の詳細を詰め、そこで申込書を記入することが出来ないのだろう。

自分のセクションの担当ではないから、よその課の仕事だからといったセクショナリズムを忠実に守っている。職員の鏡かもしれない。



しかし、そこには自分達は何のために存在し、何のために仕事をしているのかという。主体が違っているのではないか。

生活の糧を得るための労働の場、対価を得る場と考えているのなら、そんな職員はいらない。地方公務員法をよく読み、その理念をしっかりと理解して職務に忠実になってほしい。



今、城山三郎さんの「官僚たちの夏」が話題になっている。登場する官僚は、国家のため、国益のため、国民のためを常に意識して仕事をしていると描かれている。

私は、本に登場するほど、そこまでは古くないが、諸先輩と議論し、上司とぶつかったり、どうしたら市民生活が良くなるかを基本に様々議論や行動をしてきたと自負している。



いつの間にか、当時議論した先輩が、安全運転に転じている・・・・どこを見た安全運転かはみえてこないが・・・・時には必要かも知れないが。



仕事とは何かをもう一度整理し、本筋を理解してから仕事に忠実になってほしい。
と感じた一日だった。

2009年9月17日木曜日

三陸縦貫道等整備促進特別委員会


 三陸縦貫道等整備促進特別委員会が開かれ、市内の建設状況の視察と今後の予定を確認した。
 今日の視察は、三陸道高田道路の建設現場から土砂等の搬出のための取り付け道路の建設状況と、一部本道の工事箇所を見てきた。

 取り付け道は、既存の市道を拡幅し整備を進めていた。本道の工事完了後は、市が、拡張した部分の用地を地権者から取得し、市道として市民生活の用に供する予定ということだった。

 工事箇所は、市内米崎町地竹沢地内の普門寺の上の山腹を通る箇所で、切土工事をしていた。遠くには広田湾も望めていた。

 三陸国道工事事務所高田道路監督官室の石曾根監督官には、いつものように丁寧且つ親切に対応頂いた。工事関係者の方々には手を止めさせて申し訳なく思います。
 皆さんが、親切に対応してくれたこと、一人ひとりがあいさつをしてくれたこと。道路が出来ることだけではない喜びを感じた一日となった。

 今後は、三陸国道工事事務所、東北地方整備局、仙台河川国道工事事務所、国土交通省等へ3班編成で要望活動を行うこととなった。

議会基本条例調査特別委員会

 14日の本会議において設置が決まった、議会基本条例特別委員会が今日開かれた。
 今日の委員会は、正副委員長の互選と、今後の調査日程を審議することが目的で開催された。

 結果、私が委員長に互選された。これは、これまでこの条例案の作成にはじめから携わってきたからだろうと思う。

 さて、今後だが、12月議会への条例案の上程に向け、知見の活用、パブリックコメントなど、陸前高田市議会では初めての試みを行うこととなった。

 議会の有り方を示す大切な条例である。議会の独りよがりにならないものにすべく、議員全員で努力しなければと思う。

 議会基本条例の制定過程は、今後も報告します。

大人のルール

 20年度決算を実質的に審議してきた、決算等特別委員会の審議が今日で終わった。
 審議の過程で、議会は大人の世界であることを改めて認識した。そこに集うもの全てが、ルールを知っていることが前提にたっており、誰も教えてくれないということである。
本当の仲間であれば、キチンと指摘してくれる。それが、質すほうであり、答えるほうであっても、立場の違いを超えて教えてくれる。

 みんな、齢を積み重ね、それなりに経験も持ち、識見豊かな方々である。今更聞けないのかもしれない。でも、キチンと基本を知っているほうが絶対に損得から言えば得なのである。
 ただし、歯軋りや失望感も有るとは思うが。

 同じルールの下でなければ、ゲームもつまらないし、せっかくの時間と経費をかけている議論も成果をあげることが望めない。

 同じ、テーブルに着くには、やはり同じしきたりやマナーを知っていることが条件となると思う。様々な場所、色々な機会で同じような大人のルールの大切さが必要な時と場合がやってくる。

是非、恥ずかしさを乗り越えて、人に教えを請う事。勉強することを忘れてはならないと感じたこの数日である。

2009年9月14日月曜日

議論の主体は

今日から決算審査の実質的な質疑が始まった。
私は、地方交付税、監査の在り方等について当局と質疑を通し、議論を行った。
質疑を通して感じたことがある。
誰のために、何のために議論をしているんだろう。
当局も、我々議員も。

当局は、自分が行ってきたことの正当性を主張し、我々議員は自分の考えを中心に議論を組み立てていく。

そこには、「市民に代わって。市民のために」という議論の主体となるべきものが存在すべきであり、行政も議会もそのために在るはずである。

しかし、お互いにその「主役」を忘れ、自らが主役になってしまっている。そんな自分が居たように感じる。

明日の審議からは、議論の主体を強く意識しながら質疑・議論を行うことにしようと、改めて感じている。

2009年9月9日水曜日

価値観の共有の難しさ

 昨日、今日と9月定例会の一般質問が行われた。本市議会の一般質問は、変則一問一答方式をとっている。最初に、質問を全て行い、当局から質問項目全てに回答を受ける。いわゆる一括質問一括答弁である。
 次に再質問である。ここから、一問一答に移る。一括質問を合わせ、質問者の持ち時間性を採用している。時間は25分だ。
 25分の考え方は、これまでの一括質問一括答弁を行っていたときに、質問時間は答弁を含めおおよそ50分だったので、単純に質問時間を25分としたのである。
 議会運営委員会で検討し、全員協議会で了承を頂き、6月定例会から行っている。再質問からの一問一答は、できるだけ市長の考え方や方向性を問う質問にしよう。当局も困るので、委員会のような一問一答・・・・例えば、数字を聞くとか、具体的事業箇所について・・・・・は行わないようにしようと申し合わせた。
 しかし、今期定例会をみると、申し合わせとは少し異なっているように感じる。
 最初の質問の組み立て方かえる必要があると考える人間と、これまでと変わらないんだと考える人間と別れたように感じている。当局からも、委員会質問じゃないよと、数人からは指摘を受けている。
 言葉の捉え方、それぞれの価値観の違いだと思うけど、価値観を共有して、同じルールにすることの難しさを感じる2日間であった。

 どうしたら、うまくいくのか、今後の検討と共有が必要であると考える、過渡期だからこそ、みんなで考え、同じ価値観を持てるようにしたい。

2009年9月5日土曜日

観点

物事を見る。そして考えるには、人によって、立場によって観点が異なってくる。
その観点の違いが、同じ事象を捉えるにしても結果が異なってくる。

先日、道路行政で行政側と私とで考え方に大きく違った結論が出た。
道路の新設工事をしていて、一部供用を開始している部分に隣接する区間の供用についてあである。
前もって、この区間も全線に渡って工事が完了する前に、部分開通、いわゆる一部供用を行うといっていた区間である。
舗装工事も、周辺環境も完成し、センターラインも敷かれ、一月がたった。
一部供用できる状態である。
なかなか、供用が開始されない。
地域住民からすると、せっかく出来てるのに、バリケードで止めてある。生活面からしても、利便性からしても通行させて欲しいところだ。
行政の担当からすると、その先の区間の工事業者が決まっていないので、今あるバリケード等は現在の業者から借りているので、その先の業者が新たにつけていただけなければ、供用開始できない。というのである。
理由はそのようであるが、本当の理由は、もし事故が起きたら管理者として責任を取らなければならないからのようである。

行政としては、管理責任を問われるようなことは極力避けたい。
利用者としては、何故、使用できる状況なのに使用できないのかという。

結論は。立場の違い、ものを見る観点の違いがこういうことになるのだろう。

政権が変わる。
民主も、自民も、都会も地方も、その立場によって観点が異なる。
観点は異なっても、何のために、住民の福祉向上、利便性向上という基本を忘れなければ、おのずと答えは同じになるのではないかと考える。
違いは、手法なのである。